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整(ととのう・ととのえる)(文:Yasue )
(2025年11月10日配信ハッピーメール) 数年前からよく耳にする言葉です。 有名人がサウナ用語として使っています。 身体を温めて冷やしそして休憩をとり、リラックスして心身を整えるという意味だそうです。 整えるの意味を調べると ✢必要なものをすべてそろえる。間に合うように用意する。 ✢乱れのないように形をきちんとする。 ✢ 交渉・相談を成立させる。まとめる。 ✢点検して望ましい状態にしておく。調整する。とあります。 私は ととのう で思いつく言葉は「整理整頓」です。 まず「整理」で要るものと要らないものを区別してスペースを確保する。 そして「整頓」で定位置を決めて秩序正しく並べて配置し収納する。 物が見つけやすく、使いやすくなります。 使いやすさだけでなく見た目がすっきりして、気持ちも良くなります。 ものには、見えるものと見えないものがあります。例えば情報は見えないものです。 今は情報が溢れている世の中です。気がつくと振り回されています。 何が正しくて、違うのかわからなくなります。 だから要らない感情を捨てて、ちゃんと見定めて、


祈が融け合うところ — 争わずして ひとつへ(文:慶(kei))
(2025年11月9日配信ハッピーメール) いつもありがとうございます。今年の春、私は足の骨を折り、猿田彦大神の「立ち止まって見直しなさい」というお導きをいただきました。動けない時間の中で、今暮らしている土地の氏神様について調べ始めたことがきっかけでした。 この地には、昔から 自然の中に神をみる祈り がありました。そこへ、平安時代藤原秀郷公が朝廷の命を受けて討伐のために来られたと伝わります。 けれど、秀郷公はこの地の人々の 素朴であたたかな祈りの姿 にふれ、争うのではなく、その祈りと都の形を “融合” する道を選ばれました。 自然に宿る祈り(地の文化)と、形として整えられた祈り(都の文化)。それらを壊すのではなく、重ねることで守ったのです。 その姿はまさに、争わずして調和へと導く 木村忠義先生の学びと重なりました。 この地には今も神仏習合のお社が多く残されています。 明治維新の神仏分離の折にも、この土地の人々はその祈りの形を 神話として残し、守り抜いた と語られています。 その静かな強さに、心が震えました。 ...


笑いのエネルギー(文:ETSUKO)
(2025年11月8日配信ハッピーメール) 只今放送中の朝ドラマ『ばけばけ』は、実在の小泉セツさんとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)さんをモデルに、フィクションとして描かれています。 脚本家はふじきみつ彦さん。悲劇的な出来事を笑いの要素を交えて描くことを大切にされており、作品はごく普通の日常を細やかに、そしてユーモラスに表現しています。 コメディタッチで思わず笑ってしまいます。 笑いにはストレスを緩和し、幸福感や心の安定をもたらす効果があるといわれています。 「とても笑える状態じゃない」という時は、ただ笑顔を作るだけでも大丈夫です。作り笑いでも、笑顔をつくることで、幸せホルモンが分泌され、気持ちが少しずつ前向きになります。 「笑い」はプラスのエネルギー。場や空気を明るく変えてくれます。 一日一笑を心がけて、明るい気持ちで過ごしたいですね。 ETSUKO


「月刊誌について語ろう会」(文:蔵下いづみ)
(2025年11月7日配信ハッピーメール) 11月11日火曜日19時から「月刊誌について語ろう会」スタッフより おはようございます 秋が深まり素晴らしい紅葉のニュースがどんどん南下している今日この頃ですね。 そんなふうに日々が重なり秋も冬も春も夏も毎月毎月こんなにも内容の濃い月刊誌が発刊され続けているってことは、めちゃめちゃすごい事だと思っています(ご存知のとおり、木村先生、木下加奈子さん、中野宇宙さん プロではないお3人の力) みなさんもそうおもわれているのでは?そんな月刊誌を深くお楽しみいただけるのがこの語ろう会なのです。 今月の背骨になる言葉は すべてつながっている です すべてつながっている とスッと背筋を伸ばしたりしつつ情報推命学の仲間の皆様と一緒に月刊誌を深く読み込んでみませんか。 みなさまはこの月刊誌をお手元に受け取ってから何度も何度も読み返されていると思います。 ここでまたみんなで読み直してみたり、他の方の考えで新しい気づきを得たり、解説や朗読を聞く事で今まで見えてなかった風景が目に


八坂神社参拝のご報告と御礼(文:日本神話スタッフ一同)
(2025年11月6日配信ハッピーメール) この度の八坂神社参拝では、本殿の真下にある井戸、その奥に広がる「龍穴(りゅうけつ)」に向かい、お参りさせていただきました。 参拝の際、木村忠義先生から皆さまの頭の上で祝詞を軽く叩くようにされたのは、青龍様の清らかで力強いエネルギーをいただくことでした。 「ものすごい光を感じた」 「体の不調が治った」 「やる気が出てきた」 沢山の素晴らしいご感想をいただきました。 木村忠義先生のお話(抜粋しています) 『古事記』よりも古いと伝えられる『先代旧事本記大成経(せんだいくじほんきたいせいきょう)』には、龍神様は「神の使い」と記されています。宇宙が生まれる以前から天と地、人をつなぎ、人々の幸せを願って働かれる存在――それが龍神様です。 宇宙が誕生したとき、天祖様が「愛の狭霧(さぎり)」として、すべての人に幸せのエネルギーを吹きかけられたとあります。そのエネルギーを受け取ったのが龍神様。龍神様が息を吹きかけることで、初めて“神の言葉(言霊)”が生まれたと伝えられています。龍神様の息とは、まさに“


「人生はつらい」と思っているあなたへ(文:天生)
(2025年11月5日配信ハッピーメール) 「人生はつらい」と思っているあなたへ なぜ、わたしだけがこんな目に…。こんな親の元に生まれたくなかった。 人生って、なんでこんなに苦しいの? そう、人生はしんどいものなのです。でも、現状をなげいててみても変わらない。 逃げ出したくても逃げられない。 そこで発想の転換! あなたが、まだ生まれる前。神様にお願いをしています。 「神様、わたしは地上に生まれたら、いっぱい勉強します。たくさんの課題にチャレンジします。だから、あの夫婦のところに生まれたい。」 そんな風にお願いして、たくさんの希望者の中から選ばれて生まれて来たのです。 その環境は、あなたが決めた課題をもっとも経験しやすい場所。 もし、今、あなたがつらい思いをしているのだとしたら…それは乗り越えると決めたチャレンジかもしれません。 チャレンジャーな、あなたへ もし、道に迷っているなら情報推命学 天生(あもう)にお尋ねください。 あなたのチャレンジしている課題をお伝えしましょう! 情報推命学 天生(あもう)


10月18日私の誕生日(文:緒方かおり)
(2025年11月4日配信ハッピーメール) 10月18日私の誕生日 誕生日旅行を毎年企画してるんですけど、どこに行きたいかなぁ?と考えている時、今年戦後80周年かぁと、ふと思い51歳になる新たな年何かある! 「靖国神社に行きたい」これは魂からの声だと実感しました。 誕生日に、靖国神社に行く。決めたら、SNSでどんどん戦争の動画が携帯を開くと上がって来るようになりました。 木村忠義先生が書かれている本、「0との出会い」にも、靖国神社の事が書かれています。私の役割は参拝させてもらう事。 10月18日土曜日の朝、靖国神社に到着しました。 参道を通る私の感情は何故か無でした。お賽銭をいれて、本殿の左側で祝詞を奏上。 「すみません!これから神様ごとが行われるので移動を願います」 祝詞を半分読み上げる頃に声をかけられたので、右側に移動し祝詞奏上。 さっきまで曇ってどんよりしていた空が、めちゃくちゃ晴れて暑いくらいになりました。 その後、御朱印を頂いて帰ろうと車に戻ろうと歩いていたら、参道の左右に沢山の人が並んでました。何何?と


続 娘のドイツ留学(文:紅 暮葉(くれないくれは)
(2025年11月3日配信ハッピーメール) 8/31からドイツのハンブルグに留学中の娘から、9月半ばにSOSが来ました。 すでにホームシックが始まってしまい、頼みの日本食も残り少ないし、毎日寂しいと。英語が通じると思い、全くドイツ語が喋れないまま行ってしまいましたが、電車の切符すら買い方がよくわからず、毎日が苦労の連続だったようです。 とりあえず、木村先生にお清をしていただき、夫と二人でドイツに行くことに致しました。 娘に必要なものがあったら持って行くよと伝えましたら、出てくる出てくるで、結局スーツケース二つ分の支援物資を持ち込むことになりました。 現地到着は夜中だったので、翌朝娘と連絡を取り、一緒に寮に荷物を運ぶことにしました。しばらくぶりに会った娘は、げっそりしているのかと思いきや、日本にいるときよりはさすがに痩せていましたが、元気そうでまずは一安心しました。寮は簡素なベッドと机、大きな本棚と洋服入れ、洗面くらいしかない八畳くらいの部屋でした。親が来るのはさすがに恥ずかしいと、途中同じフロアーの知り合いの寮生に出会わないよう


「八坂神社」(文:希(まれ))
(2025年11月2日配信ハッピーメール) 本日は木村忠義先生と約60名の方々と、ご一緒に八坂神社へ参拝させていただきます。 写真は本日の集合場所の石鳥居と南桜門です。ご参加される方は四条通りの西桜門と、お間違えにならない様にお越し下さい。 私は京都で生まれ育ちましたので、八坂神社は、身近な神社でした。若い頃に、祇園祭の暑い夜、慣れない下駄を履いて八坂さんまで、歩いて行き(家から約3キロ)行きは、よいよいでしたが、帰りは鼻緒が痛くて、汗と涙で、ぐしょぐしょになって、帰ったり、また、雪の大晦日に、「をけら詣り」に行き、火縄を消えないよう、くるくる回しながら寒い夜道を白い息を吐きながら、歩いて帰ったのも、懐かしい思い出です。 そんな身近な八坂神社ですが、江戸時代までは、神仏習合の神社で「祇園感神院」という名前で、明治から神仏分離令により、「八坂神社」と変わった事も、大人になるまで、知りませんでした。 先日、たまたま、つけたテレビに、八坂神社の今の宮司さんが、出ておられて、神仏習合の神社に戻したいとの思いで、令和6年に「祇園感神院復元事業」を
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