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祈が融け合うところ — 争わずして ひとつへ(文:慶(kei))

  • 2025年11月9日
  • 読了時間: 2分

(2025年11月9日配信ハッピーメール)



いつもありがとうございます。今年の春、私は足の骨を折り、猿田彦大神の「立ち止まって見直しなさい」というお導きをいただきました。動けない時間の中で、今暮らしている土地の氏神様について調べ始めたことがきっかけでした。

この地には、昔から 自然の中に神をみる祈り がありました。そこへ、平安時代藤原秀郷公が朝廷の命を受けて討伐のために来られたと伝わります。

 

けれど、秀郷公はこの地の人々の 素朴であたたかな祈りの姿 にふれ、争うのではなく、その祈りと都の形を “融合” する道を選ばれました。

 

自然に宿る祈り(地の文化)と、形として整えられた祈り(都の文化)。それらを壊すのではなく、重ねることで守ったのです。

 

その姿はまさに、争わずして調和へと導く 木村忠義先生の学びと重なりました。

 

この地には今も神仏習合のお社が多く残されています。

明治維新の神仏分離の折にも、この土地の人々はその祈りの形を 神話として残し、守り抜いた と語られています。

その静かな強さに、心が震えました。

 

そして、足を骨折してからちょうど七ヶ月目の時、木村先生にお話しするご縁をいただきました。先生は、まるでそのお社の前に立っているかのように、ひとつひとつを丁寧に受け取ってくださいました。

 

先人が守ってきた祈りに、再び光が当てられた瞬間でした。形ある文化と、自然に宿る祈り。どちらも本来は、同じ「天祖の教え」から流れているもの。分かれていたものが、静かにひとつへと融け合う、そのつながりに触れられた美しい時間でした。どの土地にも、そこに生きた人々の祈りの歴史があります。

 

そしてそれを真摯に受け止め、私たちにわかりやすい言葉としてすくい上げてくださる木村先生のもとで学べることに、あらためて深い感謝を感じました。

 

この学びは、特別なものではなく、日々の暮らしの中に、そっと息づく 日本の祈りそのもの。だからこそ、これからの歩みの中で、静かに、丁寧に、大切に守り伝えていくのが私たちの役目だと感じました。

 

そして今、京都生涯学習カレッジにて、静かに学ぶことが “伝える” ための第一歩である と実感しています。祈りは、受け取るところから始まるのだと。

 

最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。

 

やまとの智恵「占学」情報推命学 鑑定士慶(kei)


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